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2011年02月01日

ブラジルサッカー略史

738 名前:774RR[] 投稿日:2011/01/31(月) 18:48:46 ID:EK8oLC1t
【ブラジルサッカー略史】
1888年 奴隷制廃止
1909年 ムラート(白人と黒人の混血)のプロサッカー選手登録を認める
      アルツール・フリーデンライヒ(混血・ブラジル代表)が活躍
      →有色人種への評価が高まる
1920年代前半 黒人選手の出場を認める
1938年 W杯フランス大会でレオニダス(別名:黒いダイヤモンド)が得点王となる
1950年代 ペレ黄金期

【フェイント技術発生の経緯】
黒人選手の出場が認められた1920年代、黒人が白人にファウルすると、
白人選手はフリーキックの前に黒人選手を一発殴っていいルールがあった
黒人たちは白人に殴られないようにするため、相手に接触せずに抜き去る技術、
すなわちフェイントを編み出した。

ブラジルがサッカー強国になったのは、人種差別を克服できたからだと言われている




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2011年02月01日00:54 | コメント(0) | トラックバック(0) | 納得 はてなブックマーク - ブラジルサッカー略史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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